はじめに
債務償還年数とは、事業者が何年で借入を返済できるのかを示す数字です。
債務償還年数に余裕があれば、銀行から引き出せそうな融資の規模がわかるので、次なる事業の計画も立てやすいでしょう。
逆に、債務償還年数が苦しければ、リスクが高い取引先と判断され、新たな融資は難しいかもしれません。
つまり、銀行の視点から自社の融資状況を判断できる指標が、債務償還年数なのです。
この記事では、債務償還年数の意味するところ、目安、計算式、そして改善する方法についてお伝えします。
なお、債務償還年数に関する判断基準は、銀行ごとに異なります。この記事で述べる事はひとつの傾向である点はご承知おきください。
目次
1.債務償還年数の意味
1-1 債務償還年数とは返済能力を示すもの
債務償還年数とは、事業者が何年で借入を返済できるのかを示す数字です。
細かい計算式は3章で述べますが、債務償還年数は借入を利益で割って算出した、返済できる能力を示す目安です。借入を実際に返済する期間ではありません。
このような返済能力の指標は他にもありますが、債務償還年数は単位が“年”で表示されるので、感覚的にわかりやすい利点があります。
1-2 銀行にとって、債務償還年数は融資の判断材料
債務償還年数は返済能力を示す数字ですから、銀行が融資を判断する重要な指標となります。
債務償還年数が長い→リスクが高い
債務償還年数が短い→優良(=追加の融資にも応じやすくなる)
と判断するわけです。
1-3 債務償還年数は、融資を考える経営者が向き合うべき数字
このように銀行の判断材料がわかるのですから、融資を考える経営者さんが自社の現状を把握するためにも、債務償還年数について理解し、向き合うべきなのです。
また、銀行とやりとりする際に、債務償還年数への意識を明らかにすることもできます。経営者さんが数字に弱い、一定の知識に乏しいというのは、銀行側にとって不安材料なので、それを解消できるわけです。
債務償還年数について理解し、向き合うために知っておきたい目安と計算式について、この後ご紹介します。
2.債務償還年数の目安は10年
具体的な債務償還年数を意識する際、ひとつの目安とすべきは10年です。
もちろん、債務償還年数が短いに越したことはありません。短い企業ほど優良企業と判断されて、新たな融資も受けやすいと考えられます。
ただし、会社それぞれの状況や、業種の傾向で変動することもまた事実です。
近年はコロナ禍や世界情勢の影響もあって、10年より長く見る傾向もあります。
2-1 最近は長引く傾向が出ている債務償還年数
一般的に、債務償還年数の目安は10年で、10年を超えると厳しいと見られていました。
なぜ10年なのか?弊社担当者の見解としては、日本政策金融公庫の設備資金の返済期間が原則10年なので、これが1つの目安になったのではないか?との事です(諸説あります)。
とはいえ、内閣府が発表した資料によりますと、
全規模 中小企業
全産業 9.8/11.2 11.6/13.0
製造業 6.3/ 6.9 9.2/10.6
非製造業 11.7/13.6 12.4/13.7
(左:2019年/右:2020年の平均、単位:年)
出典・『令和3年度 年次経済財政報告』より
という統計があります。やや厳格な計算方法とはいえ、2020年には全規模の平均で10年を超えており、中小企業はさらに長いです。
(リンク先の宿泊業・飲食サービス業の数字が、かなり長くなっているのは、コロナ禍の影響で利益が減り過ぎて、極端に悪化した企業が含まれているからと考えられます。平均値なので、このような事もあり得るのです。)
よって、10年を目安とする見方は厳しい方といえますし、現状では15年程という見方もあります(実際、保証協会の制度の中には、返済期間15年というものもあります)。
もちろん、10年を上回る状況が続くのは苦しい所ですが、悲観しすぎることは無い現状でもあるのです。
2-2 業種の傾向を加味して、債務償還年数を長い目で見る場合もある
債務償還年数の一般的な目安を10年とした状況でも、業種の傾向を加味して長い目で見ることがあります。その代表例が、不動産賃貸業、製造業、宿泊業です。
不動産賃貸業において、最初の建設だけでなく大規模な修繕、建て替えなど銀行の融資が必要になるときは多額になるものです。よって、不動産賃貸業の場合は一般的な年数の倍・20年が目安といわれるほど、債務償還年数をかなり長く見ることになります。
同様に、製造業は工場や機械類、宿泊業は宿泊施設などに対して大規模な設備投資が必要なので、これまた20年が目安とされます。
このように、設備投資などで多額の融資が必要になると、必然的に債務償還年数も長くなります。そのあたりは銀行も加味して、長い目で見るわけです。
3.債務償還年数、3つの計算式
債務償還年数を計算するのは銀行の仕事ですが、だからといって経営者ご自身が計算式を知っていても仕方ない、ということはありません。
銀行は、融資をしている貴社の債務償還年数を随時チェックしているものです。
銀行の視点を意識して、次なる経営判断をするならば、経営者ご自身も債務償還年数を計算してみて、目安と比べることが必要です。
また、実際に銀行とやりとりする際にも交渉の助けになります。
自社の債務償還年数の計算まで把握している=数字に強い・一定の知識があると、銀行側にアピールする効果も期待できるのです。
この章では、3つの計算式をご紹介します。
なぜ計算式がいくつもあるのか?引っかかるかもしれませんが、そもそも銀行によって考え方が異なりますし、実際の借り方や事業の特性などを考慮して計算式を使い分けることもあります。
計算式を変える=ごまかすわけではなく、むしろ実態に近づける補正という意味合いが強いのです。
3-1 単純に算出できる計算式
まずは、単純に債務償還年数を算出してみる時に用いる、標準的な計算式を見てみましょう。
割とざっくり計算できますが、この後ご紹介する方法に比べると、事業者側に厳しいことは確かです。
(借入金の残高)
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(経常利益+減価償却費-法人税等)
計算式の上(分子)にある「借入金の残高」は、言葉通りです。
計算式の下(分母)は、企業が通常行っている業務の中で得た利益である「経常利益」に、経費ではありますがお金が出ていくわけではない「減価償却費」を加え、法人税などの税金を引いた額になります。
3-2 事業者に有利な補正をした計算式
債務償還年数が全体的に長引く傾向がある中で、事業者に配慮した補正をかける計算式が広がりました。それが、借入金の残高から運転資金を引く方法です。
会社の経営に欠かせない運転資金は、実質借りたままであるという考え方で、特に運転資金が大きくなる業種において、3-1の方法ではさらに不利になってしまいますので、その分を補正するというわけです。
(借入金の残高-運転資金)
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(経常利益+減価償却費-法人税等)
なお、運転資金については詳細な解説記事がありますので、参考にしてください。
運転資金とは?必要金額の目安や不足させない方法・注意点を解説
3-3 さらに、事業者に有利な補正をした計算式
3-2の方法よりもさらに経営者側に有利な配慮をする考えが、借入金の残高から運転資金に加えて現金預金を引く方法です。
預金があるということは、その分いつでも返済が可能であるという考え方です。
預金残高で補正するのは銀行にとって明らかな方法ですから、経営者側に有利な配慮=銀行に不利というわけではない、実態に近づける補正という意味合いがわかると思います。
(借入金の残高-運転資金-現金預金)
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(経常利益+減価償却費-法人税等)
4.債務償還年数を改善する3つの方法
債務償還年数を改善するには、計算式の下(分母)を増やすか、計算式の上(分子)を減らすしかありません。
3つの方法をご紹介しますが、ものによっては注意が必要ですし、そもそも一気に改善できるようなものではない事は記憶に留めておきましょう。
4-1 結局、利益を増やすのが一番の方法
債務償還年数を改善する一番の方法は、利益を増やすことです。
売上を増やすことについては、この記事では何とも言えませんが、経費の見直しだけでも利益を増やすことにはつながります。
4-2 減価償却費の見直しで改善する
やや小細工のような感がありますが、減価償却費の見直しでも債務償還年数の改善は可能です。
例えば、仕事に必要な物品を消耗品費として計上すると、帳簿上の利益が減ることになります。しかし、これを減価償却費にすれば、計算式の下(分母)を増やすことになるので、債務償還年数の改善につながります。
この減価償却については、細かい決まりがあります。上手く利用すれば節税にもなります。詳細はこちらの記事をご覧ください。
減価償却とは?減価償却の仕組みと得する設備投資の方法を徹底解説!
4-2-1 ただし、節税はほどほどに
いきなり前項と矛盾するかもしれませんが、節税のやり過ぎは良くありません。
つまり、納税を嫌がるあまりに、必要性のない物を購入したりする“節税”は、その分利益が小さくなるわけですから、債務償還年数という観点では、たいへん良くない方法なのです。
4-3 「繰り上げ返済」で借入金の残高を減らす
債務償還年数を改善する方法として、計算式の上(分子)に当たる借入金の残高を減らす方法もあります。つまり、繰り上げ返済です。
実際、債務償還年数がその分短くなりますし、利息も減らせるメリットもあります。
もし、遊休不動産など処分して差し支えない資産があれば、その売却益を返済に充てることも可能です。
4-3-1 注意すべき事が多い「繰り上げ返済」
とはいえ、あまりにも返済に力を入れすぎて、手元の資金が無くなって行き詰まり、最悪の場合は黒字倒産ということもあるので、注意が必要です。
返済に力を入れて手元の資金が無くなれば、その時は融資してもらえばいい、と考えても、そのタイミングで絶対に融資を受けられる保証はありません。銀行からの印象を良くするための努力が、完全に裏目に出る可能性もあるのです。
また、借入金の利息こそ銀行の大事な収入源ですから、その意味でも繰り上げ返済はあまり歓迎されないのです。
なお、黒字倒産については詳細な解説記事がありますので、参考にしてください。
黒字倒産とは?黒字なのに倒産する原因と今すぐ実践すべき予防策
5.事業承継の準備をして、債務償還年数が長くなっても構わない体制にする
債務償還年数が多少長くなっても構わないケースとして、事業承継が準備されている事があります。
事業承継の準備、つまり会社の後継者がいるということは、会社を長続きさせる意図が明らかなので、銀行も比較的長い目で見るというわけです。
裏を返せば、現在の経営者さんがご高齢で、事業承継の見込みが無いと、リスクが高いと見られてしまうのです。
なお、事業承継については詳細な解説記事がありますので、参考にしてください。
事業承継とは?やり方・メリットデメリット・注意点まで詳しく解説
さいごに
債務償還年数は、銀行の視点から自社を判断できる指標です。
債務償還年数に余裕があれば、銀行からどのくらい融資が引き出せそうかわかるので、次なる事業の計画も立てやすいでしょう。
債務償還年数を改善する方法として3つご紹介しましたが、結局のところ、利益を増やすのが一番の方法です。
ただし、銀行との関係は債務償還年数が全てではありません。
債務償還年数が必然的に長くなる状況ですから、ある程度長い目で見る分、他の要素も加味して総合的に判断するわけです。
銀行との付き合い方については、弊社の経験が詰まったこちらの記事がありますので、参考にしてください。
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