出張手当とは、従業員や役員が勤務地から離れた地域に出張する際に支払われる手当のことで、出張に伴って発生する諸雑費の補填や慰労を目的として支給されるものです。
出張手当は法律などで定められたものではなく、それぞれの企業ごとに自社のルールを決めて運用しているため、支給条件や金額は、企業によって異なります。
出張手当には、手当でありながら従業員の所得税がかからないことや、企業側は「旅費交通費」として全額を経費に計上できる点など、出張手当特有のポイントがあります。
一方、デメリットや注意点を踏まえたうえで導入しないと失敗するリスクがあるのも、出張手当の特徴です。
例えば考えられるのが、“出張手当として処理したものの、税務調査で否認される”というケースです。
そこで本記事では、「出張手当」についてメリット・デメリットから注意点まで詳しく解説します。
本記事のポイント
- 出張手当の基礎知識が身につく
- メリット・デメリットの両面を把握
- 導入の注意点を解説
「出張手当について知りたい」
「自社に出張手当の制度を導入すべきか迷っている」
…という方におすすめの内容となっています。
この解説を最後までお読みいただければ、「出張手当の基本」はもちろん、出張手当の効果や懸念、注意点まで多角的に理解できるようになります。
結果として、失敗せずに出張手当の導入ができるはずです。ではさっそく出張手当の解説を始めましょう。
目次
1. 出張手当とは
まずは出張手当の基礎知識から見ていきましょう。
1-1. 出張手当の概要
出張手当とは、従業員や役員が勤務地から離れた地域に出張する際に支払われる手当のことです。
出張手当は法的に定義されているものではなく、それぞれの企業が自社独自の制度として運用しているものです。企業によっては出張手当ではなく「出張日当」「宿泊手当」などと呼んでいるケースもあります。
出張は、通常の業務とは異なり、長距離の移動や会食、宿泊などで拘束される時間が長く、従業員の負担が大きくなります。また、出張中の食事代などの負担も発生します。
そこで、出張に伴って発生する諸雑費の補填や慰労を目的として支給されるのが、出張手当の主な意義です。具体的な支給額や支給の条件は、企業によってさまざまです。
1-2. 出張手当は給与ではなく経費扱いになる
出張手当の経理上の扱いとしては、給与ではなく「旅費交通費(経費)」となります。
詳しくは後ほど「3. 出張手当のメリット・効果」にて解説しますが、給与扱いではないことで、企業にとっても従業員にとっても、税金や社会保険料の節約効果があるのが、出張手当の重要なポイントです。
ただし、経費として計上するためには「出張旅費規程」を整備して、規程のもとに出張手当の制度を運用する必要があります。
※出張旅費規程について詳しくは「6. 出張手当制度の導入方法 3ステップ」にて解説します。
1-3. 出張手当と出張経費の違い
「出張手当は給与ではない経費扱いになる」と聞くと、「では出張経費との違いは何?」という疑問が浮かぶかもしれません。
違いを表にまとめると、以下のとおりです。
▼ 出張手当と出張経費の違い
|
内容 |
支払方法 |
出張経費 |
出張に伴って発生した交通費、宿泊代、駐車場代など |
実費精算 |
出張手当 |
諸雑費の補填や慰労を目的として支給される手当 |
規程で定められた金額を一律支給 |
出張経費は、交通費や宿泊代など実際に発生した分の金額が実費精算で支給されるものです。金額は、出張先の場所や宿泊先などによって変動します。
出張手当は、規程で定められた金額が一律支給されますので、同じ出張内容であれば毎回金額は同じです。
2. 出張手当を支給する企業は8〜9割以上
出張手当については「出張手当をわざわざ支給する必要性はあるのか?」と疑問に思う方もいるでしょう。
確かに、
「発生した費用だけ実費精算する出張経費だけで十分」
「従業員への支給は給与の上乗せで行いたい」
という考え方もあります。
しかしながら、日常的に出張が発生する業務体制であれば、出張手当の制度は導入するのが普通といえます。
なぜなら、産労総合研究所「2019年度 国内・海外出張旅費に関する調査」によれば、出張手当は宿泊出張であれば【91.2%】、日帰り出張は【84.2%】の企業が支給しており、大多数の企業が支給している状況だからです。
よって出張手当を支給しない場合、従業員にとっては「他社なら支給してくれる金銭が支給されない」と不満につながりかねません。
また、同じ金額を従業員に支給するなら給与よりも出張手当として支給したほうがコストカットにつながります。
出張手当を支給すると具体的にどんなメリットがあるのか、次章で解説しましょう。
3. 出張手当のメリット・効果
出張手当を支給するメリットとして、以下が挙げられます。
- 法人税・消費税・社会保険料の負担軽減効果がある
- 従業員の手取額が給与扱いよりも増える
- 従業員のモチベーション向上に寄与する
それぞれ詳しく見てみましょう。
3-1. 法人税・消費税・社会保険料の負担軽減効果がある
1つめのメリットは「法人税・消費税・社会保険料の負担軽減効果がある」ことです。
まず、出張手当は、ほかの通常の経費と同様に損金算入できる(経費として計上できる)ため、所得が減り、法人税の税額を減らす効果があります。
次に、国内出張に対する出張手当であれば課税仕入れ(消費税の計算時に控除される仕入金額)として処理できるため、消費税の節税にもつながります。
補足として、海外出張に対する出張手当は課税仕入れに該当しないため注意しましょう。
最後に、社会保険料についてです。出張手当は給与と違って、社会保険の算定基礎となる賃金に含まれないため、出張手当を支給しても社会保険料には影響しません。よって、社会保険料の負担軽減効果があります。
このように、法人税・消費税・社会保険料の負担軽減効果が期待できることは、出張手当を支給する企業にとってのメリットです。
3-2. 従業員の手取額が給与扱いよりも増える
2つめのメリットは「従業員の手取額が給与扱いよりも増える」ことです。
これは出張手当を受け取る従業員側のメリットとなります。
出張手当は給与扱いではないため、給与の金額に連動して発生する所得税や社会保険料が発生しません。
つまり、同じ金額を増額するのであれば、給与として支給するよりも出張手当として支給したほうが、従業員の手取りは増えるということです。
これは、従業員にとって大きな利点といえます。
3-3. 従業員のモチベーション向上に寄与する
3つめのメリットは「従業員のモチベーション向上に寄与する」ことです。
大変な思いをして遠方に出張しても、出張手当どころか食事代などの持ち出しの出費が多くなれば、従業員のやる気が削がれるのは自明の理です。
「出張には行きたくない」と避ける従業員も出てくるでしょう。
そこで出張手当として適切な金額を支給すれば、従業員のモチベーション向上が期待できます。
出張手当を支給する会社に対するエンゲージメント(愛着心・思い入れ)も高まり、業績向上への好循環を作るきっかけとなるでしょう。
4. 出張手当のデメリット・懸念
基本的に利点の多い出張手当ですが、デメリットや懸念もあります。
- 出張手当を支給する分の支出が増える
- 導入前に出張旅費規程を整備しなければならない
- 金額によっては経費と認められない可能性がある
詳しく見てみましょう。
4-1. 出張手当を支給する分の支出が増える
1つめのデメリットは「出張手当を支給する分の支出が増える」ことです。
当然のことではありますが、出張手当を支給すれば、その分、支出は増えます。
出張手当の支給額が「出張に伴う諸雑費の補填や慰労」という意義に照らし合わせて妥当な額であれば、出張手当の支出は有意義です。
しかし、出張手当の金額が妥当な額でなければ無駄な出費となりかねない点には、注意が必要といえます。
4-2. 導入前に出張旅費規程を整備しなければならない
2つめのデメリットは「導入前に出張旅費規程を整備しなければならない」ことです。
出張手当を給与ではなく、旅費交通費の経費として損金算入し課税仕入れとして処理するためには、税務署から指摘されない論拠として、出張旅費規程を整備しておく必要があります。
「出張旅費規程として定めたルールに基づいた出張手当である」と抗弁できないと、給与であるとみなされるリスクがあるためです。
※出張旅費規程とは、出張の定義や手当などについて定めた規程です。具体的な内容は「6-1. ステップ1:出張旅費規程で出張手当について定める」にてご紹介します。
4-3. 金額によっては経費(旅費交通費)と認められない可能性がある
3つめのデメリットは「金額によっては経費(旅費交通費)と認められない可能性がある」ことです。
「出張手当はいくらまで」という法的な決まりがあるわけではありませんが、あまりに高額である場合には、給与であると指摘を受ける場合があります。
実体とはかけ離れた高額の金銭を出張手当として支給すれば、「給与を出張手当の名目で支給することで、脱税しようとしているのでは?」と疑いをかけられることになりかねません。
では、具体的にどの程度の金額が妥当といえるのかについては、次章で相場を解説しましょう。
5. 出張手当の金額の相場
出張手当を給与ではなく旅費交通費として計上するためには、一般常識と照らし合わせて不自然ではない金額の範囲に収めておく必要があります。
同時に、相場を下回らない金額設定をすることで、従業員のモチベーション向上にも効果的です。
出張手当の金額の相場を、以下の3パターンで見ていきましょう。
- 日帰り出張
- 宿泊出張(国内)
- 宿泊出張(海外)
5-1. 日帰り出張
まず、日帰り出張の相場はこちらです。
▼ 通常の日帰り出張(早朝出発,時間外〈深夜〉帰着を除く)における日当の平均支給額(距離・時間・地域区分がない場合)
社長 |
4,458円 |
専務 |
3,781円 |
常務 |
3,761円 |
取締役 |
3,613円 |
部長クラス |
2,666円 |
課長クラス |
2,479円 |
係長クラス |
2,224円 |
一般社員 |
2,094円 |
出典:産労総合研究所「2019年度 国内・海外出張旅費に関する調査」
国内の日帰り出張の出張手当の相場は一般社員で2,000円程度、役員クラスになると一般社員の1.5〜2倍(3,000〜4,000円)であることがわかります。
5-2. 宿泊出張(国内)
次に国内の宿泊出張の相場を見てみましょう。
▼通常の宿泊出張(早朝出発、時間外〈深夜〉帰着を除く)における「日当」(1日分)の平均支給額(全地域一律の場合)
社長 |
4,598円 |
専務 |
3,934円 |
常務 |
3,968円 |
取締役 |
3,802円 |
部長クラス |
2,900円 |
課長クラス |
2,711円 |
係長クラス |
2,458円 |
一般社員 |
2,355円 |
出典:産労総合研究所「2019年度 国内・海外出張旅費に関する調査」
国内の宿泊出張の1日あたりの出張手当の相場は一般社員で2,300円程度、役員クラスになると一般社員の1.5〜2倍(3,500円〜4,500円)となっています。
前述の日帰り出張と比較すると、宿泊出張の出張手当は1.1〜1.2倍程度の金額に設定している企業が多い状況です。
5-3. 宿泊出張(海外)
最後に海外の宿泊出張の相場です。
▼地域別、役職別にみた日当・宿泊料(円建て企業)
|
中国 |
東南アジア |
欧州 |
北米 |
役員 |
6,411円 |
6,472円 |
6,812円 |
6,885円 |
部長クラス |
5,185円 |
5,226円 |
5,552円 |
5,593円 |
課長クラス |
4,888円 |
4,932円 |
5,237円 |
5,308円 |
係長クラス |
4,534円 |
4,563円 |
4,905円 |
4,943円 |
一般社員 |
4,514円 |
4,543円 |
4,881円 |
4,913円 |
出典:産労総合研究所「2019年度 国内・海外出張旅費に関する調査」
海外の宿泊出張では出張先の地域によって出張手当の設定額が変わっています。
一般社員では4,500円〜5,000円前後、役員クラスでは6,500円〜7,000円前後が相場となっています。
6. 出張手当制度の導入方法 3ステップ
出張手当の制度を導入する方法を3ステップで解説します。
- ステップ1:出張旅費規程で出張手当について定める
- ステップ2:申請フローを社内に浸透させる
- ステップ3:導入スタートする
6-1. ステップ1:出張旅費規程で出張手当について定める
1つめのステップは「出張旅費規程で出張手当について定める」です。
すでに運用している出張旅費規程があれば、そこへ出張手当について追記します。出張旅費規程自体がない場合には、新たに作成しましょう。
一般的に出張旅費規程に記載されている項目は以下のとおりです。
- 出張の定義
- 出張中の勤務時間の取り扱い
- 旅費の種類
- 日当、宿泊費等の金額
- 交通費の計算方法および上限額
- 出張予定の変更や、出張中の事故について
- 旅費の精算方法、領収証の提出 等
出張手当において重要なのは「出張の定義」をしたうえで、出張手当の支給条件・金額を設定することです。
▼ 出張の定義の例
第○条(出張)
この規則における出張とは、原則として宿泊を必要とする出張、および片道○○○km以上の移動を伴う日帰り出張を言う。ただし、会社が必要と認めた場合には、片道○○○kmに満たない場合であっても、出張として取り扱う場合がある。
2.片道○○○km未満の場所に日帰りで外出する場合は、交通費実費を支給することとし、日当は支払わないものとする。
3.この規則における距離計算は、原則として所属勤務地を始点として計算する。
出典:中小機構「旅費交通費支給規程」
それぞれの企業の状況に合わせて、出張の定義と出張手当の支給条件を定めましょう。
なお、出張旅費規程のテンプレートを公開しているサイトを通じて、実際の作成例を見ると参考になるでしょう。
▼ 出張旅費規程のテンプレート集
6-2. ステップ2:申請フローを作成し社内に浸透させる
2つめのステップは「申請フローを作成し社内に浸透させる」です。
出張旅費規程の整備ができたら、申請フローを作成して社内に浸透させましょう。
具体的には、事前に提出する「出張申請書」に出張手当についての欄を作って申請するフローを採用している企業が多いでしょう。
▼ 出張申請書のテンプレート集
6-3. ステップ3:導入スタートする
3つめのステップは「導入スタートする」です。
出張旅費規程の整備と申請フローの社内浸透ができたら、いよいよ導入のスタートです。
導入後は、実際に出張した社員にもヒアリングしながら、改善点があれば改善していきましょう。
例えば、支給条件の細分化が必要なことが判明したり、金額の修正が必要になったりするケースが考えられます。
運用開始後も、1年に1回程度、見直しを行うと良いでしょう。
7. 出張手当を導入する際の注意点
出張手当を導入する際には、注意したい点がありますので、お伝えしましょう。
7-1. 出張手当の資金を確保しておく
1つめの注意点は「出張手当の資金を確保しておく」ことです。
出張の回数や対象者が多い企業や、長期出張が多い企業は、出張手当の金額がかさみがちになります。
出張手当の導入前に金額のシミュレーションを行い、必要な資金はあらかじめ確保しておきましょう。
また、出張手当の金額が想定外に高くなりやすいのは、長期滞在となる出張です。
著しく長期にわたる出張が予想される場合には、あらかじめ出張旅費規程において「宿泊日数が●日以上となる出張においては、出張手当を支給せず、転勤に準じて取り扱う」などと定めておくと良いでしょう。
7-1. 出張手当の金額設定は常識の範囲内とする
2つめの注意点は「出張手当の金額設定は常識の範囲内とする」ことです。
先にも述べたとおり、出張手当の支給で注意しなければならないのは、経費として確実に認められる範囲内で運用することです。
「5. 出張手当の金額の相場」にてご紹介した相場観を参考にしつつ、妥当な金額を出張手当の金額として設定しましょう。
どの程度まで出張手当として認められるか判断に迷ったら、自己判断はせずに税理士に相談することをおすすめします。
横浜近郊であれば、お気軽にビジョン税理士法人までご相談ください。以下のリンクから無料面談を受け付けています。
8. まとめ
出張手当とは、従業員や役員が勤務地から離れた地域に出張する際に支払われる手当のことで、出張による精神的・肉体的疲労に対する慰労や諸雑費の補填として支給されます。
出張手当は法律などで定められたものではなく、それぞれの企業ごとに自社のルールを決めて運用しているものです。具体的な支給条件や金額は企業によって異なります。
出張手当のメリット・効果は以下のとおりです。
- 法人税・消費税・社会保険料の負担軽減効果がある
- 従業員の手取額が給与扱いよりも増える
- 従業員のモチベーション向上に寄与する
出張手当のデメリット・懸念は以下のとおりです。
- 出張手当を支給する分の支出が増える
- 導入前に出張旅費規程を整備しなければならない
- 金額によっては経費と認められない可能性がある
出張手当の金額の相場は以下のとおりです。
- 日帰り出張:一般社員2,000円程度、役員クラス3,000〜4,000円
- 宿泊出張(国内):一般社員2,300円程度、役員クラス3,500円〜4,500円
- 宿泊出張(海外):一般社員4,500円〜5,000円、役員クラス6,500円〜7,000円
出張手当制度の導入方法を3ステップでご紹介しました。
- ステップ1:出張旅費規程で出張手当について定める
- ステップ2:申請フローを作成し社内に浸透させる
- ステップ3:導入スタートする
出張手当を導入する際の注意点として次の2点が挙げられます。
- 出張手当の資金を確保しておく
- 出張手当の金額設定は常識の範囲内とする
出張手当の制度を整備して出張手当を支給することで、節税しながら従業員のモチベーションを高めていきましょう。
なお、出張手当と同じく節税につながる手当として「通勤手当」があります。以下の記事で解説していますので、続けてご覧ください。